2021年11月22日

石橋凌: ARB時代と俳優時代,そして今後の野望


石橋凌: ARB時代と俳優時代,そして今後の野望
21.11.8
TBSラジオ/伊集院光とらじおと
―「伊集院光とらじおとゲストと」。ここからはゲストをお迎えしてゲストにまつわる○○とについてお話を伺います。
本日のゲスト石橋凌さんは1956年生まれ,福岡県出身,現在65歳。 1978年,伝説的ロックバンドARBのボーカルとしてシングル『野良犬』でデビュー。 その活動は多くのアーティストに影響を与えました。 俳優としてはハリウッド映画『Crossing Guard(クロッシングガード)』や北野武監督の映画『キッズリターン』など数多くの作品で活躍。2019年にはデビュー40周年を記念してライブツアーを敢行するなど近年は音楽活動も精力的に行っている,俳優でミュージシャンの石橋凌さんが本日のゲストです。
■ARB時代
―ということでスタジオには石橋凌さんです。よろしくお願いします。温厚そうな先輩の感じで登場されたんですけど,実は経歴を紹介している間に,縮み上がるような一言がありまして(笑) 僕(伊集院光)が一時期やっていたラップバンド・荒川ラップブラザーズ(ARB),当時耳に入っていらっしゃったと?
―ええ。ARBのメンバーかスタッフに聞いたんですけど,「荒川ラップブラザーズ(ARB)っていうの出来たみたいだよ」って。「何事が起きたのかな?」って思いましたけど(笑)
―「ぶっとばしてやる」みたいにはならなかったですか??
―いえ(笑) 音楽を聴いてみたいと思ったんですが,結局未だに聴けず終いですが(笑)
―(笑) だったら大丈夫ですが。その時もテーマにしようと思ったんですが,その時は周りの人から「おそらくこんなの聴いたら石橋さんキレるぞ」って言われまして。でも当時は石橋さんがどう思ってるか分からないし,周りの人が「あの人は怖い」「怖いはずだ」とかいう勝手なイメージの方が大きくなってる時期だったから,「実際の石橋さんはどういう人なんだ?」って自分としては思ってました。
―自分としては至って普通の男だって思うんですけどもね。。でも今日も,先ほどアシスタントさんが言われたように、追われてここに来ました(笑) 何者かに追われてこのTBSラジオのスタジオに入りました(笑) 私がやってきた映画やドラマの役柄って,8割方,悪党か,危ない男で。で7割方,皆最後に殺されてるんです(笑) そういう意味ではそういう怖いイメージが先行してると思いますけど。
―多分,若い世代には俳優のイメージのほうが強いと思うんです。で僕がこういう芸能の仕事を始めたのが1990年代始めからなので,僕等からすると「あのARBの」石橋凌さんなんですね。スタートはどこからなんですか??
―スタートはもともと九州の高校時代でした。高校の音楽研究同好会に入りました。そこでアマチュアバンドをスタートさせまして。で19歳の時にARB(Alexander Ragtime Band)のオーディションを受けてプロデビューしました。
―でも色々伝説残ってるじゃないですか??例えばレコード会社側はちょっとロックだけどアイドルみたいなバンドにしたいと思ったところが,石橋さんもメンバーも「そういうんじゃネェんじゃねーの?」みたいな。。
―そうですね。事務所としては当時のイギリスのベイシティローラーズの日本版をイメージしていた。で武道館のベイシティローラーズのライブ観に行ったんですけども,タータンチェックの上下を着て歌ってる5人組のアイドルグループだったんですけど。愕然として「こんなのをやるために東京に来たんじゃない」って思いました。それで本当に自分がやりたいことをやり始めたら,事務所をクビになりました。
―オーディションだから事務所は事務所側の目論見がある。一方でこっち側は「座を勝ち取ったんだから俺たちのやりたい事をやりたい」ってなりますよね??
―事務所からは「一切社会的,政治的な歌詞を入れるな」って言われたんですね。一方で俺達は最初のアルバムでそれを入れちゃったんですね。それが逆鱗に触れまして,クビになりました。
―それは,ロックとは自分たちの言いたいことを言うものだし...
ーええ。それはもう,小学生の頃から兄の影響で欧米のロックミュージック聴いてましたので,当然そういうことを歌うのがロックだって思ってましたから。
ーそうですよね。観客が穏やかに聴くっていうよりも何かを爆発させるものですから。でも困りましたね?オーディションまで受けて,上京してレコード会社クビになるわけですよね?どうされたんですか??
ーその先はライブハウスを起点に,全国を巡るというツアーを組みましたね。でも生活が一変しまして。九州でやってる時はアルバイトやってましたので,生活は困らなかったんですが,全部没収されちゃったんですねえ。楽器から車から住んでるところまで全部没収ですから。ですからプロになってから質屋通いを覚えたんですね。
ーうわー。それは運命的ですね。事務所側のレールに乗るなら全部用意する。楽器も車も何もベイシティローラーズ仕様のものを用意するけど,「俺たちはそれを演らない」ってなったとたんゼロなわけだ。
ーそうです。当時はまだ若かったですから。
■俳優石橋凌へ
ーその先,石橋さん自身の転機は何だったと思いますか?
ー27歳だったと思うんですけども,「もう十分やるだけのことはやったので,もうここまでだな」と思ったんで,郷里の九州に帰ろうかなーって思った。何をするでもなく田舎に帰ろうと思ったんです。
その時にお会いしたのは俳優の松田優作さんだった 。優作さんに悩みを相談したんですけども,「いつかお前の顔と名前を映画で売ってみろ」って言われまして。で優作さん監督主演の『アホーマンス』という作品に出させてもらいました。でもそれはお茶の間にバンドの名前を売るっていう意味での参加だったんですね。俳優に転身しようとかそういうことではなかった。
ー優作さんとはどんな出会いだったんですか??
ー何度か色々なところで優作さんをお見かけをしてたんですけども,ちゃんとお会いしたのは,何処かの飲み席だったと思うんですけどね。
ーそこでそういう意味じゃかなり行き当たってるていうことじゃないですか?これでそろそろARBの引上げ時って考えてらっしゃる時期ですよね?
ーええ。相当自分としてはもう切羽詰まってましたし。ただ優作さんは本当にちゃんと話を聞いてくださいましてねェ。普段は本当に優しくてあったかい方なんですよ。まァ表ではいろいろな噂とかですね,風評では怖いというイメージが皆さんおありだと思いますけど,本当に優しい方で。ただ物を作るという意味では本当に厳しい方で。特に映画の現場では非常に厳しかった。
ーましてものづくりに厳しい優作さんの映画製作の現場に呼ばれる訳じゃないですか??
ーはい。厳しかった。ただその映画『アホーマンス』の製作現場で映画表現の基礎を学んだように思います。例えば言葉で仰っていたのが「引算を覚えろ」。「映画の表現はドラマや舞台のお芝居と違うもんだ。だからマイナスを覚えなさい」「日本の俳優ってのは色んなことやりたがるだろう。それを一切やるな」と仰っいました。ということは「その役の人間で現場に来て,カメラの前に立ちなさい」ということなんですよね。そういう意味では「何もするな」ってことは難しかったです。
ー分かります。僕等おしゃべりの仕事でも「しゃべれ」より「黙れ」の方が難しいですから。最初は喋るのがサービスだし,最初は喋る方が難しいと思ってますけど。おそらく映画もそうでしょうね。目立つべきだと思っていても,優作さんは「引算だよ」と。
ーそうです。そのまま「普通の人,普通の男でいるって事を日常生活で会得しなさい」ってことなんです。「普通の人間ができればどんなに下品な男だろうがどんなに上品な男だろうができるはずだ」と。「こういう事はどのアクティングスクールに行っても教えてくれない」と仰っていました。
ー何か禅問答みたいですね。。何かクセがついちゃってると,クセの上にしか積み重ねられないけど,一度ゼロにすることさえ覚えていれば,言われた役をその上に乗せればいい。
ーそうです。普通の男を表現するのがむしろ一番難しい。
■ハリウッド映画に出演
ー共演者でも監督でも誰でもいいですが,一緒にいて「この人に影響を受けたな」「この人スゲーな」みたいな人っていますか?
ー1990年代半ばからアメリカでの仕事が始まったんですけども,その流れの中でショーンペン監督の『Crossing Out』っていう映画に出演しました。で主演がジャックニコルソンでした。彼は例えば『Easy Rider』『Shining』だとか小さい時から映画を観てましたし,あのジャックパーセルと同じシーンができるっていう事だけでも本当に貴重な体験なんですけども,ずっと本番まで「この人はジャックニコルソンのそっくりさんなんだ」って自分に言い聞かせてました(笑) じゃないと固まってしまって動けないと思ってましたから。で現場に行きましたら,本当にそっくりさんが3人いらっしゃるんですよね。それはジャックニコルソンさんのスタンドインなんですよね。本番前までのリハーサルを受け持つスタンドインが3人いるんですよ。それがそっくりさんなんです。で狭いダウンタウンにある本当の宝石店で撮影が始まったんですけども,撮影の合間に時間ができるんですけども,ジャックニコルソンはずっと日本映画の話ばかりしてくるんですよね。それだけ観てらっしゃるんですよ。その当時まだお三方はご存命だったんですけども、「今黒澤監督は何を準備してる?」だとか「三船敏郎は元気か?」とか「伊丹十三の『マルサの女』のアメリカ版でリメイクしたいんだ」だとか,ものすごく日本映画に詳しいんですよね。そしてまたそのアメリカの撮影の仕方っていうのは,例えば2人のシーンを横から撮るのを「マスターショット」っていうんですけども,撮ってあとはそれぞれを切り返しでアポを撮ったりしていくんですけど,その間レンズを替えたりフィルターを替えたり画角を替えたりしていく。そのショットが OK になって自分がまず最初に演るんですけども,自分の視点の先のジャックニコルソンのところには普段はスタンドインの方がいる。映ってないですから。もしくは日本の場合だとよく拳を作って「ここを見て行ってください」って言われるんですけど,その時は本物のジャックニコルソンが「俺が立つ」って言ってもらったんですよ。本物のジャックニコルソンだと思いましたが(笑) 心が「ありがとうございます」って(笑)
ー僕はアメリカの映画ってとても出たことないですけど,古い本とか読むと,アメリカ人の俺たちの仕事場だからという感じで,例えば日本人俳優のことをもしかして見下す人もいただろうし,アメリカはものすごくビジネスライクだから,「自分の出番じゃない,出なくていいところは出なくていいじゃん」みたいなイメージなんですが,ジャックニコルソンは違いますね。
ーええ。全く違うし,「本番ギリギリまでどういう風にやるんだろう?」と思ってずっと見てたんですよね。そうしましたら,まあ咳払いをしたりとか,セットの中を歩き回ったりとかして本当に自分の気持ちを高めているのが分かったんです。だから今まで映画で観てきた彼のアクションが全然偶発的なものじゃなくて,ワンカットワンカットにそれを集中して,全部必然で持っていっていてるんだなってわかった。本当に痺れました。一切手を抜いていない。
ー全部,普通の人間でいられるためにやってることじゃないですか?だからさっき優作さんが言っている事に被るじゃないですか??引算するために,その場の空気になる事をしている。
ーそうです。で撮影の合間にスタッフがやって来て「ジャックニコルソンの楽屋にADさんが訪ねたら何をやってたと思う?」 って訊くんです。「ADさんがノックして楽屋に入ったら3〜4cmの分厚いアクティングの本を読んでいたらしいんです。
ーその時点でアメリカの押しも押されぬ名優じゃないですか。
ーもうアメリカのスタッフが本当に感激するわけでしょ。あのジャックニコルソンがまだ勉強してる。
ー凄い経験ですね。。でもアメリカで活動できるって喜びは
ーああ。それはもう,あれだけ厳しい世界で一線でやってきた俳優だと納得しましたし。.....
■最新作と今後の野望
ー最新の映画の情報です。石橋凌さんが出演される映画『ダンシングマリー』が現在公開中です。物語は解体予定のダンスホールに住み着いたダンサー・マリーの霊から「恋人を探してほしい」と頼まれたしがない市役所職員と霊能力を持つ女子高校生が二人の恋を成就させるため時空を超えて奮闘するヒューマンコメディです。石橋凌さんは主人公たちを指南する幽霊役として出演されています。是非ご覧下さい。.....
ー最後に今後の野望を伺っているんですが。
ー監督をしたいですね。自分が作った歌のシナリオで映画を撮りたいと思っています。
ーありがとうございました。

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posted by book at 00:17| Comment(0) | #1981 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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